healing lab care2

その整体院はビジョナリーであるか?

上の画像はフランスの画家、ポール・ゴーギャンが1897年から1898年にかけて描いた絵画。絵画には詳しくないし、インテリを気取りたいわけでもないし、宗教家でもないし、神学的な意味合いもなく、ただこの絵画の『われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか』という題名の響きが好きなだけで。

『われわれはどこから来たのか?』というのは学者さん達に任せるとして、『われわれは何者か?』『われわれはどこに行くのか?』ということが個人においても企業においてもきっと大切だと僕は勝手に決めこんでいて、ゴーギャンが考えていたであろう事や、伝えたかったであろう事とはかなり意味合いが違うのだけど、人にもそれぞれ性格があるように、それぞれ目標などがあるように、企業にも性格や展望などがそれぞれちゃんとあって、『会社も生き物の様なもの』とは誰かの言葉だけど、『われわれは何者で何をしようとしているのか?』それを顕すのが理念であり、ビジョンなのだと思う。

まなざし。

先日、お付き合いさせていただいている彼女の実家に挨拶に伺った。

少し恥ずかしい話なのだけど今年1月末にプロポーズ大作戦を決行して彼女の彼女らしい少しおっちょこちょいな一面のせいでというか御陰で大成功とはいえないけれどもほっこりした感じで、別にプロポーズして了解を得たからといって、急になんかぎこちなくなるようなことも、急にラブラブ舞い上がったりとういうようなこともなく、『まぁまぁ、これからもよろしくね。』というような、まぁ僕たちらしいといえば僕たちらしい感じの結果となり、というか次の日のファイナンシャルリテラシーのかけらもない買い物加減を思い起こすと多少というかかなり舞い上がっていたことが察せられるし、完全にディズニーマジックとやらにかかっていた感も否めないのだけど、プロポーズ大作戦は何事も無かったわけではないが無事に成功をおさめた。

はらきり。

桜は日本人の心。ブシドー ブシドー

日本人の心をなくした日本人がそんなことをいう。

ニュースを見てると思うのだけど『この人、世が世なら切腹ものだよね。』って。

まぁ僕も『世が世なら切腹ものですよ。』ってことが5〜6回はあったと思う。いやそれ以上。

『恥じて死すより、生きて汚名をそそがん』とは誰かの言葉だけど

なんか恥ずかしいや。

はじまり。

2011年 3月。当時勤めていた職場で、ただただTVの映像ばかり眺めていた。
これは本当に現実世界で起きていることなのだろうか。
映画などのCGで見慣れていたせいなのか、ただ無表情でただ無感情に連日流される映像を眺めていた。

因果応報という言葉があるけれど、便利な言葉だなぁとつくづく思う。
これはなんの因果の応報なんだよ。